シルクロードを放浪する老バックパッカーの想い出11 … 海外・WanderVogel2021/09/08

ネパールトレッキング1980ツクチェ
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写真:1980年冬、ジョムソン街道から見上げたタカリ族の村、ツクチェ村。

カリガンダキ沿いのトレッキングの特徴は、かつてチベットとインドとの塩の交易路として栄えたシルクロードの一端「塩の道」を歩くことにある。
ここに住む人々はポカラから北、カリガンダキ下流域一帯はモンゴル系の山岳民族グルン族(Gurung)で占められ、カリガンダキ中流域からジョムソン、ムクチナート、カグベニとその上流域まではチベット系タカリ族(Thakali)が、そのさらに北側にはムスタンの先住民であるチベット系のロパ Lopaの人々が暮らしている。
ネパールには細かく分けると数十の民族が環境や社会的、歴史的制約に合わせ住み分けて暮らしている。宗教的には、グルン族はほとんどがヒンズー教徒だが、タカリ族やLopaの人々はチベット仏教徒だ。

写真はカリガンダキ沿いの河岸に造られた古くからの交易村ツクチェの様子で、1980年2月頃のものだ。
ザックを立てかけている白く塗られた石積みのものは、村の入口などによく作られているマニ車を納めた祠である。ここを通過するときはマニ車を手で回しながら左側を歩くのがルールになっている。マニ車とはチベット仏教のお経を納めた円筒状のもののことで、マニ車を手で1回回すことでお経を1回唱えたことと同様のご利益があるという大変ありがたいものだ。マニ車を納めた祠は村の周辺だけにとどまらず、街道上のあちらこちらにも造られていて、近隣のゴンパの僧や村人によってキレイに維持されてきた。

写真に写っている収穫の終った大麦畑の周りには簡易な柵が作られているが、これは作物を喰い荒らす野生動物が出没するというわけではなく、荷を運ぶヤクやロバがつまみ食いをしないように簡単に仕切ってあるだけである。
村の近くの街道の路面には不定形な割り石が敷き並べてあるが、表面がゴツゴツしていて人間にとってもヤクやロバにとってもあまり歩きやすいものではない。とは言え、交易路を行き来するヤクのキャラバン隊は結構な数に上るのでこうして石畳にしておかないとすぐに深いわだちが出来てしまい、ガタガタ道になってしまうのだ。

2021年現在、この路もジープで走れるくらいに整備され、さらにアッパームスタンを越えてネパール・中国の国境を通過しチベット高原へと道路が通じている。様々な物資がインド側からではなく、中国側からトラックに乗せられ中国の物資が大量に入ってきていると聴く。交易路,隊商路として長い世紀に渡って永々と続いてきた沿道の村々はその役目を終えてしまった。すでに今ではこの写真のような美しい辺境の村の景観、風情は残っていないのではないかと思う。

1980年当時この隊商路を旅するには、とにもかくにも自分の足で歩くしかなかった。ネパール第2の町ポカラを出発し、1週間歩くとムクチナートという仏教・ヒンドゥー教の聖地に到着するのだが、ツクチェ村はその途中にある村だ。ムクチナートから先のアッパームスタンには当時まだ鎖国政策をとっていたムスタン王国が存続していて外国人の入国は一切出来ず、特別パーミッションも発行してもらえなかった。その後、ムスタン王国はネパール王国の一部となり、厳しい条件付きながら外国人に開放されたのは、1991年10月になってのことだ。


この時、僕はテント(エスパーステント)を背負って旅を続けていたが、現地で実際に使う機会はあまり多くはなかった。
と言うのも、このルートに点在する村々にはかならずバッティ(食堂兼簡易宿泊施設)が何軒かあって、夕食をそこで食べるとそのまま宿泊が出来たからだった。宿泊施設はトレッカーの為というよりは、この交易路を行き来する隊商の馬子や商人らのための施設だったのだろう。
とにかくも、このあたりを歩く外国人トレッカーが温かいチャイや食事にありつけるのもこうして交易のキャラバン隊が運び込む細々とした物資があればこそだった。

この時、使用したザックは、写真にも写っているミレーのスーパードメゾンという大きなサイズのもので、最大容量は確か80Lだったと記憶している。ただし、最大限荷物を入れてしまうと頭が振れてしまい、とても歩き難いのでそこまで入れることは無かった。
曲げたベニヤ板を背中との間に入れ込んだウッドフレーム構造は、背中とザックの間に適度な隙間をつくり快適性を上げた、というのがこのザックのウリのひとつだったと記憶しているが、今の山岳用アタックザックの進んだテクノロジーからすると笑われてしまうだろうな。

この時代のキスリングやアタックザックを背負った経験を持つ老バックパッカーからすると、現代の山用ザックの使い勝手の良さや快適性、信頼性は素晴らしいのひと言に尽きる。これはザックだけにとどまらず、トレッキングシューズや登攀用具、下着からアウターウエア全般、雨具、炊事道具、GPS機器類に至るまで山装備の全てに渡って言えることだ。

山用品に限っては、使い慣れたものが良い、などということは無く、やはり、山用品は新しいものに限る。

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