千石の下町銭湯「おとめ湯」最後の見学会 … 建物散策・邸園/文化財保全 ― 2013/09/03
- -
60年の歴史に幕を閉じた千石/巣鴨 下町の銭湯「おとめ湯」の見学会を地元有志が企画したので猛暑の中行ってきました。
こういういわゆる「銭湯」らしい銭湯はついこの間まで身近にあってけっこう利用していたので別に特別な想いも抱かなかったが、最近周りを見渡してみると確かに一気にその数を減らしていることに気が付きます。というか、ふと気が付くと一気に絶滅の道をたどっているのか?
この玄関の唐破風に千鳥破風、漆喰でデザインされた鏝絵(こてえ)を持つ「宮造り銭湯」は関東周辺ならではのデザインなのだそうです。
内部は東京の「銭湯」のセオリー通りに、高い格天井の脱衣場と同じく高い板張り天井を持つ浴室空間で構成されています。
大きな浴槽の向こう側にはタイル絵と壁一面に描かれた富士山と松の砂浜のペンキ絵(おとめ湯の場合は男湯には和歌山の瀞峡の風景が、女湯には岩手の陸中海岸の風景が描かれています)、腰高のタイル壁の両面に作られた洗い場など、だいたいどの銭湯でも同じようなレイアウト・デザインで「非日常」を表現しています。
ここ「おとめ湯」の変わっている点は、男女の浴室を隔てる部分に屋外の中庭が作られていて、富士山から運んできたという溶岩を積み上げ、その上にツツジを植えてあることでしょう。
中庭の足下には池を作り鯉まで泳いでいたそうで、洗い場からガラス越しに鯉の泳ぐ姿を横から見ることが出来る仕掛けまでされていたというから確かに「非日常」的です。
地元の横浜にはまだ銭湯がいくつか残っていますが、確かに年々少なくなってきていることは確かです。
もしかして、今の子供たちは銭湯なんて入ったことないのかもしれんなぁ。
…
60年の歴史に幕を閉じた千石/巣鴨 下町の銭湯「おとめ湯」の見学会を地元有志が企画したので猛暑の中行ってきました。
こういういわゆる「銭湯」らしい銭湯はついこの間まで身近にあってけっこう利用していたので別に特別な想いも抱かなかったが、最近周りを見渡してみると確かに一気にその数を減らしていることに気が付きます。というか、ふと気が付くと一気に絶滅の道をたどっているのか?
この玄関の唐破風に千鳥破風、漆喰でデザインされた鏝絵(こてえ)を持つ「宮造り銭湯」は関東周辺ならではのデザインなのだそうです。
内部は東京の「銭湯」のセオリー通りに、高い格天井の脱衣場と同じく高い板張り天井を持つ浴室空間で構成されています。
大きな浴槽の向こう側にはタイル絵と壁一面に描かれた富士山と松の砂浜のペンキ絵(おとめ湯の場合は男湯には和歌山の瀞峡の風景が、女湯には岩手の陸中海岸の風景が描かれています)、腰高のタイル壁の両面に作られた洗い場など、だいたいどの銭湯でも同じようなレイアウト・デザインで「非日常」を表現しています。
ここ「おとめ湯」の変わっている点は、男女の浴室を隔てる部分に屋外の中庭が作られていて、富士山から運んできたという溶岩を積み上げ、その上にツツジを植えてあることでしょう。
中庭の足下には池を作り鯉まで泳いでいたそうで、洗い場からガラス越しに鯉の泳ぐ姿を横から見ることが出来る仕掛けまでされていたというから確かに「非日常」的です。
地元の横浜にはまだ銭湯がいくつか残っていますが、確かに年々少なくなってきていることは確かです。
もしかして、今の子供たちは銭湯なんて入ったことないのかもしれんなぁ。
…
江戸五木・六義園のモッコク … 自然観察・WanderVogel ― 2013/09/02
- -
「江戸五木」という言葉がある。江戸時代に江戸で珍重された造園木を言うのだそうです。
モッコク、アカマツ、イトヒバ(サワラの変種)、カヤ(イチイ科)、イヌマキ の五木を指し、昨日行った六義園にも写真のモッコクを始めアカマツ、イヌマキ、カヤ、などが植えられているのを確認出来ます。(イトヒバはそれらしき高木は目にしたのですが、葉自体は遠目でハッキリ確認出来ず、木肌からはサワラかヒノキか判別が難しかった。)
モッコク(木斛)はツバキ科の常緑高木で葉っぱがロウをぬったようにテカテカして美しく、葉自体も小さいので直立した樹形や枝振りが遠目でよく解り、庭木の王様として尊ばれたのでしょう。
六義園は大きなしだれ桜といろんな種類のツツジで有名だそうですが、もともとはマツが多く植えられていた庭園だったということで、今でも立派なアカマツ・クロマツが存在感を見せています。
池内にある蓬萊島に立っていた有名なマツは東日本大震災で乗っていた岩ごと倒れてしまい、今は見る影もありませんが、今年中に元通りにマツを植え替えるという話しでした。もっとも、この蓬萊島自体が大名(江戸時代)が住んでいた時には存在していなくて、岩崎家が庭園を入手しいろいろと自分の好きなように手を入れた時に造られたものといいます。
何かの本に、もともと庭園とは「いつ、誰が造ったか」も大切ではあるが、それ以上に「その後、誰がどのように管理あるいは手入れをしてきたか」が重要となる。庭園が他の建築や彫刻、絵画といった造形美術と異なる点はここにある。というようなことが書かれてあったが、まったくその通りです。
ただ、誰がどういう「想い」でそれ(池や岩や樹木など)を配し、庭を造り上げていったかはきちんと押えておいた上で庭園を鑑賞することは大切なことです。
江戸時代の姿と岩崎家に移ってからの庭園の姿を見比べて(想像して)みるのもまた面白いものです。池や築山、散策路にとどまらず植えられている樹木や草花にもそれぞれに思惑や思い入れがあるものですから。
…
「江戸五木」という言葉がある。江戸時代に江戸で珍重された造園木を言うのだそうです。
モッコク、アカマツ、イトヒバ(サワラの変種)、カヤ(イチイ科)、イヌマキ の五木を指し、昨日行った六義園にも写真のモッコクを始めアカマツ、イヌマキ、カヤ、などが植えられているのを確認出来ます。(イトヒバはそれらしき高木は目にしたのですが、葉自体は遠目でハッキリ確認出来ず、木肌からはサワラかヒノキか判別が難しかった。)
モッコク(木斛)はツバキ科の常緑高木で葉っぱがロウをぬったようにテカテカして美しく、葉自体も小さいので直立した樹形や枝振りが遠目でよく解り、庭木の王様として尊ばれたのでしょう。
六義園は大きなしだれ桜といろんな種類のツツジで有名だそうですが、もともとはマツが多く植えられていた庭園だったということで、今でも立派なアカマツ・クロマツが存在感を見せています。
池内にある蓬萊島に立っていた有名なマツは東日本大震災で乗っていた岩ごと倒れてしまい、今は見る影もありませんが、今年中に元通りにマツを植え替えるという話しでした。もっとも、この蓬萊島自体が大名(江戸時代)が住んでいた時には存在していなくて、岩崎家が庭園を入手しいろいろと自分の好きなように手を入れた時に造られたものといいます。
何かの本に、もともと庭園とは「いつ、誰が造ったか」も大切ではあるが、それ以上に「その後、誰がどのように管理あるいは手入れをしてきたか」が重要となる。庭園が他の建築や彫刻、絵画といった造形美術と異なる点はここにある。というようなことが書かれてあったが、まったくその通りです。
ただ、誰がどういう「想い」でそれ(池や岩や樹木など)を配し、庭を造り上げていったかはきちんと押えておいた上で庭園を鑑賞することは大切なことです。
江戸時代の姿と岩崎家に移ってからの庭園の姿を見比べて(想像して)みるのもまた面白いものです。池や築山、散策路にとどまらず植えられている樹木や草花にもそれぞれに思惑や思い入れがあるものですから。
…
大名庭園の美しさと毒・六義園 … 建物/庭園散策・邸園/文化財保全 ― 2013/09/01
- -
文京区千石にある昔ながらの銭湯「おとめ湯」が60年の営業にピリオドを打ち営業を停止しました。
いつ解体されるか解らない状況を惜しんで、地元の建築士などによるまちづくり有志が先頭に立ち、最後の見学会を開くということで足を運びました。
千石/駒込には有名な六義園(りくぎえん)があります。銭湯見学の帰りに少し涼もうと訪れましたが、快晴の真夏日で余計に汗をかいてしまいました。
ここにもボランティアで庭園ガイドをしている方がいらっしゃるので、六義園の歴史やみどころ、作庭の重要なテーマである詠われた和歌の話しや題材となった紀州(和歌山県)のことなどを教えてもらいながらじっくり園内を散策しました。
ここ六義園はもともとは五代将軍・徳川綱吉の信任が厚かった川越藩主・柳沢吉保が元禄15(1702)年に築園した和歌の趣味を基調とする「回遊式築山泉水」の大名庭園であったが、明治の版籍奉還で三菱財閥の岩崎彌太郎が一時期買い取り、別邸にしたという歴史があります。
明治維新後の混乱や地震、火災などで多少は荒れたり被害が出たりしたようですが、基本的な庭園のしつらえや趣きはしっかり残されてている貴重な大名庭園です。
実際には作庭や庭石が大好きだった岩崎彌太郎がその後に手を加えた箇所が何カ所もありますが、もともとが由緒(?)ある お大名の庭園だったわけですから、原三渓の造った「三渓園」の里山を模した自由な「回遊式庭園」とはまたひと味違った、女性的なのびやかさを持った大名庭園の雰囲気は継承されているということでしょう。
日本各地には偕楽園(水戸)、兼六園(金沢)、二条城二の丸庭園(京都)、後楽園(岡山)、栗林公園(高松)など数々の有名な大名庭園が保存状態も良く残されていますが、東京近郊である程度残っていて見られるのは六義園、浜離宮、旧芝離宮、小石川後楽園などでしょう。
残されているとは言っても、その規模や周りに見える景観などは往時と比べるとかなり違ったものになってしまっていますけど。
(仙洞御所や修学院離宮、桂離宮の庭園も有名ですが、これらは天皇や宮家の別荘として造られた庭園なのでここでいう大名庭園とは作庭年代も趣もかなり違いますね。)
六義園のお庭は、万葉集や古今和歌集などに多く詠まれた紀州/和歌の浦周辺の名所を取り込んだ「文芸の庭」ということですので、和歌を詠むなどという雅な趣味も持たず、吉野にも紀州にも行ったこともない私にとっては、(目に見えない)作庭の「心」を真に理解(?)するには少し荷が重かったようです。
というか、「和歌」という言葉を作庭要素に入れることで「毒気」を覆い隠してしまったテーマパーク的な庭園に少々辟易してしまったとでもいうか…、あっ、庭園の先生が読んでいたらお叱りを受けそう。
…
文京区千石にある昔ながらの銭湯「おとめ湯」が60年の営業にピリオドを打ち営業を停止しました。
いつ解体されるか解らない状況を惜しんで、地元の建築士などによるまちづくり有志が先頭に立ち、最後の見学会を開くということで足を運びました。
千石/駒込には有名な六義園(りくぎえん)があります。銭湯見学の帰りに少し涼もうと訪れましたが、快晴の真夏日で余計に汗をかいてしまいました。
ここにもボランティアで庭園ガイドをしている方がいらっしゃるので、六義園の歴史やみどころ、作庭の重要なテーマである詠われた和歌の話しや題材となった紀州(和歌山県)のことなどを教えてもらいながらじっくり園内を散策しました。
ここ六義園はもともとは五代将軍・徳川綱吉の信任が厚かった川越藩主・柳沢吉保が元禄15(1702)年に築園した和歌の趣味を基調とする「回遊式築山泉水」の大名庭園であったが、明治の版籍奉還で三菱財閥の岩崎彌太郎が一時期買い取り、別邸にしたという歴史があります。
明治維新後の混乱や地震、火災などで多少は荒れたり被害が出たりしたようですが、基本的な庭園のしつらえや趣きはしっかり残されてている貴重な大名庭園です。
実際には作庭や庭石が大好きだった岩崎彌太郎がその後に手を加えた箇所が何カ所もありますが、もともとが由緒(?)ある お大名の庭園だったわけですから、原三渓の造った「三渓園」の里山を模した自由な「回遊式庭園」とはまたひと味違った、女性的なのびやかさを持った大名庭園の雰囲気は継承されているということでしょう。
日本各地には偕楽園(水戸)、兼六園(金沢)、二条城二の丸庭園(京都)、後楽園(岡山)、栗林公園(高松)など数々の有名な大名庭園が保存状態も良く残されていますが、東京近郊である程度残っていて見られるのは六義園、浜離宮、旧芝離宮、小石川後楽園などでしょう。
残されているとは言っても、その規模や周りに見える景観などは往時と比べるとかなり違ったものになってしまっていますけど。
(仙洞御所や修学院離宮、桂離宮の庭園も有名ですが、これらは天皇や宮家の別荘として造られた庭園なのでここでいう大名庭園とは作庭年代も趣もかなり違いますね。)
六義園のお庭は、万葉集や古今和歌集などに多く詠まれた紀州/和歌の浦周辺の名所を取り込んだ「文芸の庭」ということですので、和歌を詠むなどという雅な趣味も持たず、吉野にも紀州にも行ったこともない私にとっては、(目に見えない)作庭の「心」を真に理解(?)するには少し荷が重かったようです。
というか、「和歌」という言葉を作庭要素に入れることで「毒気」を覆い隠してしまったテーマパーク的な庭園に少々辟易してしまったとでもいうか…、あっ、庭園の先生が読んでいたらお叱りを受けそう。
…
自然の景観と一つになった仏殿の美しさ … 建物散策・邸園/文化財保全 ― 2013/08/31
- -
旧東慶寺仏殿:鎌倉時代禅宗様の古式豊かな様式を残した仏殿です。
創建は鎌倉時代ですが、今までに焼失したり何度か建て替えが行なわれたりしています。この建物自体は室町時代に造られ、江戸時代に修理が加えられて今の姿になっています。
仏教建築を見る際には、建物自体の様式美や来歴などを理解していくことも重要なポイントですが、周りのしつらえ(動きのある水の流れや植えられている木々の樹種、岩/石の配置など庭全体のつくり)を通して建物を見ていくこともそれを理解する上ではとても大切なことです。
見る人の視線(位置や方向など)にも注意を払いながらいろいろな角度から見ていく、読み解いていく、という努力が必要なんですね。
そうやって自分だけのベストビューポイントを見つけ出すことも建物を理解する上での楽しい発見になります。
…
旧東慶寺仏殿:鎌倉時代禅宗様の古式豊かな様式を残した仏殿です。
創建は鎌倉時代ですが、今までに焼失したり何度か建て替えが行なわれたりしています。この建物自体は室町時代に造られ、江戸時代に修理が加えられて今の姿になっています。
仏教建築を見る際には、建物自体の様式美や来歴などを理解していくことも重要なポイントですが、周りのしつらえ(動きのある水の流れや植えられている木々の樹種、岩/石の配置など庭全体のつくり)を通して建物を見ていくこともそれを理解する上ではとても大切なことです。
見る人の視線(位置や方向など)にも注意を払いながらいろいろな角度から見ていく、読み解いていく、という努力が必要なんですね。
そうやって自分だけのベストビューポイントを見つけ出すことも建物を理解する上での楽しい発見になります。
…
「割り箸はもったいない?」と「希望のかけ箸」 … 森林問題・WanderVogel ― 2013/08/26
- -
6年前に「割り箸はもったいないか? ---食卓から見た森林問題」という本を書かれた田中淳夫氏が「増補版・割り箸最新事情」を書かれたということで、氏に直接メールを出して送っていただきました。
10年ほど前の一時期、外食産業で一夜にしてそれまで使っていた割り箸事情がすっかり様変わりしてしまったことに何となく“違和感”を覚えたのは私だけではないと思います。
環境や森林問題などを語るには一番縁遠い世界という印象の強いファストフード店、全国チェーンの外食産業/居酒屋、ファミリーレストランなどが環境問題(特に森林伐採問題について)を前面に押し出して「木製の割り箸を使い続けるのは森林破壊です!」などと過激でトンチンカンな論理を振りかざして、一気に安っぽい樹脂製のリターナブル箸に変更してしまったのには驚かされました。
一時的にせよその頃 世間ではマスコミも新聞もいわゆる文化人?やタレントコメンテーターまでもが一緒になって、森林破壊に加担する割り箸を使うなどはもってのほかで(それとはあまり脈絡のない)「マイ箸」ブームを盛り上げていましたが、これにも何だか世の中の作られた流れに乗っかっただけの「似非環境保護推進」みたいな胡散臭さを感じたものです。
当時この本はそういう疑問に対して正面から論理的に答えてくれているなぁ、と感じていました。
森林問題を解りやすい切り口で解説したという意味では、まさしく「たかが割り箸、されど割り箸」という感じです。
興味のある方はぜひ一読を! と言いたいが、すでに書店などでは売っていないようなのでネットで探して購入するしかありませんよ。
一緒に宮城県の磐城高箸(いわきたかはし)という会社が震災で被災した三県(福島県/宮城県/岩手県)の杉材で作った「希望のかけ箸」と名付けられた高級品(利休)の割り箸三本セットも購入しました。
割り箸の形状にはそれぞれに名前が付けられていて、小判、元禄、天削、利休、らんちゅう、などいろいろな名前があります。(ちなみに後にいくほど高級品ということだそうです)
「希望のかけ箸」は福島の磐城杉、宮城の栗駒杉、岩手の気仙杉の間伐杉で作られたきれいな箸ですが、飾っておくよりもどんどん使ってどんどん消費するのが正しい使い方でしょう。
出来るだけコンビニなどでは(外材の)割り箸はもらわないようにして、国産杉の割り箸に関してはどんどん使って消費して日本の割り箸メーカーを支援したほうが結果的には日本の/世界の森林保護につながるのではないかと思います。
…
6年前に「割り箸はもったいないか? ---食卓から見た森林問題」という本を書かれた田中淳夫氏が「増補版・割り箸最新事情」を書かれたということで、氏に直接メールを出して送っていただきました。
10年ほど前の一時期、外食産業で一夜にしてそれまで使っていた割り箸事情がすっかり様変わりしてしまったことに何となく“違和感”を覚えたのは私だけではないと思います。
環境や森林問題などを語るには一番縁遠い世界という印象の強いファストフード店、全国チェーンの外食産業/居酒屋、ファミリーレストランなどが環境問題(特に森林伐採問題について)を前面に押し出して「木製の割り箸を使い続けるのは森林破壊です!」などと過激でトンチンカンな論理を振りかざして、一気に安っぽい樹脂製のリターナブル箸に変更してしまったのには驚かされました。
一時的にせよその頃 世間ではマスコミも新聞もいわゆる文化人?やタレントコメンテーターまでもが一緒になって、森林破壊に加担する割り箸を使うなどはもってのほかで(それとはあまり脈絡のない)「マイ箸」ブームを盛り上げていましたが、これにも何だか世の中の作られた流れに乗っかっただけの「似非環境保護推進」みたいな胡散臭さを感じたものです。
当時この本はそういう疑問に対して正面から論理的に答えてくれているなぁ、と感じていました。
森林問題を解りやすい切り口で解説したという意味では、まさしく「たかが割り箸、されど割り箸」という感じです。
興味のある方はぜひ一読を! と言いたいが、すでに書店などでは売っていないようなのでネットで探して購入するしかありませんよ。
一緒に宮城県の磐城高箸(いわきたかはし)という会社が震災で被災した三県(福島県/宮城県/岩手県)の杉材で作った「希望のかけ箸」と名付けられた高級品(利休)の割り箸三本セットも購入しました。
割り箸の形状にはそれぞれに名前が付けられていて、小判、元禄、天削、利休、らんちゅう、などいろいろな名前があります。(ちなみに後にいくほど高級品ということだそうです)
「希望のかけ箸」は福島の磐城杉、宮城の栗駒杉、岩手の気仙杉の間伐杉で作られたきれいな箸ですが、飾っておくよりもどんどん使ってどんどん消費するのが正しい使い方でしょう。
出来るだけコンビニなどでは(外材の)割り箸はもらわないようにして、国産杉の割り箸に関してはどんどん使って消費して日本の割り箸メーカーを支援したほうが結果的には日本の/世界の森林保護につながるのではないかと思います。
…
里山の斜面に咲くゲンノショウコの花 … 自然観察・WanderVogel ― 2013/08/25
下草刈りで見つけたカヤネズミの巣 … 森林ボランティア・WanderVogel ― 2013/08/24
- -
今日は東丹沢のヤビツ峠近くの植林地での下草刈りです。
植林されているのは落葉広葉樹で、主にナラの幼樹が植えられていますが、ウツギなんかもどこからか種が飛んできたのか混じって育ってきています。
下草として斜面一面を覆っているのはススキと笹ですが、なかでもススキはかなり背が高くなっていて、ナラの幼樹がすっかり隠れてしまうほどです。
背丈以上に密集したススキを刈っていると、葉陰に作られていたソフトボール位の大きさのカヤネズミの球巣を見つけました。
カヤネズミは日本で一番小さなネズミで、日本ではカヤネズミだけがススキなどのイネ科の草の上に球巣をつくるのだそうです。
球巣はススキの葉っぱを裂いて上手に丸めて作られています。
…
今日は東丹沢のヤビツ峠近くの植林地での下草刈りです。
植林されているのは落葉広葉樹で、主にナラの幼樹が植えられていますが、ウツギなんかもどこからか種が飛んできたのか混じって育ってきています。
下草として斜面一面を覆っているのはススキと笹ですが、なかでもススキはかなり背が高くなっていて、ナラの幼樹がすっかり隠れてしまうほどです。
背丈以上に密集したススキを刈っていると、葉陰に作られていたソフトボール位の大きさのカヤネズミの球巣を見つけました。
カヤネズミは日本で一番小さなネズミで、日本ではカヤネズミだけがススキなどのイネ科の草の上に球巣をつくるのだそうです。
球巣はススキの葉っぱを裂いて上手に丸めて作られています。
…
夜に幻想的な花を咲かせるカラスウリの雌花 … 自然観察・WanderVogel ― 2013/08/22
ハナイカダ(花筏)の目立つ果実 … 自然観察・WanderVogel ― 2013/08/21
- -
先日猛暑の中、近くにある横浜自然観察の森に行ってきました。
ちょっとめずらしい「ハナイカダ」という木の実が色づいていました。
ハナイカダは花が葉の表側のほぼ中央に咲き、果実がなるというめずらしい樹木です。
葉の真ん中に花が咲くのは、葉腋から出た花柄が葉の主脈と合着しているからで、よく見ると、葉の中央脈が花(果実)の手前まではしっかりした太さになっているのが写真でもわかりますね。
また、ハナイカダは「雌雄異株」と言ってイチョウのように雄の木と雌の木があります。雌株の花が終ると黒くて丸い実が葉の上に一つポツンとできます。
春に咲くハナイカダの花は緑がかった色なので、咲いている時にはあまり目立ちませんが熟した黒い実は緑の葉の上によく目立ちます。
ハナイカダ(花筏)とは葉の中央につく花を、「筏に人が乗った姿」に見立てて付けられた名で、まさしく “言い得て妙” です。
…
先日猛暑の中、近くにある横浜自然観察の森に行ってきました。
ちょっとめずらしい「ハナイカダ」という木の実が色づいていました。
ハナイカダは花が葉の表側のほぼ中央に咲き、果実がなるというめずらしい樹木です。
葉の真ん中に花が咲くのは、葉腋から出た花柄が葉の主脈と合着しているからで、よく見ると、葉の中央脈が花(果実)の手前まではしっかりした太さになっているのが写真でもわかりますね。
また、ハナイカダは「雌雄異株」と言ってイチョウのように雄の木と雌の木があります。雌株の花が終ると黒くて丸い実が葉の上に一つポツンとできます。
春に咲くハナイカダの花は緑がかった色なので、咲いている時にはあまり目立ちませんが熟した黒い実は緑の葉の上によく目立ちます。
ハナイカダ(花筏)とは葉の中央につく花を、「筏に人が乗った姿」に見立てて付けられた名で、まさしく “言い得て妙” です。
…
目指すべき建物/住宅の姿とは(省エネ法改正) … 建築・自然素材 ― 2013/08/19
- -
日本の建物/住宅の将来像と問題点について、Facebook上でのある書き込みを題材にして考えてみる。
(以下の書き込み、まったくその通りであまりに的を得た内容なので思わずシェア(笑)してしまった次第です。)
「省エネ法改正の問題は、住宅建築の今後に大きく関わってきます。
このままで行くと、現場での経験や知識よりも、マニュアルが重視されることになるのでしょう。技術がなくても住宅が建てられるように、規格化・工業化がますます進むのでしょう。それで性能のよい住宅が簡単に建てられるのならよい、と考える人も多いかもしれません。技術の高い職人はこれからどんどん減っていくのでしょうし……。
でも、この方向性は、現場から「ものづくりの喜び」を奪っていくような気がしてしまうのです。もう既にそういう方向へずっと来ているわけですが……それで本当によいのだろうか。断熱材を隙間無く張ることに、職人は喜びや誇りを感じるのでしょうか、そうなのかなあ、よくわからない。」(原文のまま)
日本全国同じような基準に当てはめ、断熱材で住宅全体をすっぽり囲ってしまい外の空気を完全に遮断してまで気密性を高めてどうなる?という気もします。(といっても、それさえも満足に仕事出来ない昨今の施工状況を考えると、規格住宅ではそれが最低条件となるのだろうが…)
そもそも論を言えば、「省エネ」とは断熱材の問題だけに限らず、家の内外の風通りの良さ(通風)や採光、軒の出による遮熱、使用する素材/材料に関して、安易な発想(マニュアル化)を今一度見直して何が大切なのかを見極めた上で設計し施工すべきなんですね。本来は。
そのためには設計者にはものづくりに対する一段と高い「志」が必要ですし、施工者には理論と技術に裏付けされた「手業(てわざ)」が求められる。
その土地の気候風土にあった解決策(通風、採光、遮熱、断熱方法)を導き出して、出来るだけ自然に逆らわず かつ自然素材を中心に建物を造っていくことが本来のあるべき姿だと思う。建物や住宅の全てを(昔のように)天然素材で造るべきとまでは言わないが、あらためて今の住宅を見渡して見ると天然素材というか「手仕事」の痕跡がどのくらい残されているかも疑問なところだ。
と言ってみたものの、現在日本で建てられている住宅に関して言えば大部分が工業製品を多用する「規格化住宅」です。それなのにも関わらず、第三者監理で現場を監理/検査していると、施工上の不具合やいい加減さが目立ち、構造上でも省エネ法でもその「規格」を満足した施工になっていない現場が多いのもまた事実です。
それだけ施工者(元請けだけでなく実際に手を動かす職人さんも)の技量と言うか几帳面さというか真面目さというか、、そういう意識面のバラツキが大きいということなのです。少なくともこれは正していかなければならないだろう。
話しがあちこち飛んでしまったが、省エネ法改正についての国交省へのパブリックコメントの意見提出は、昨日(8/18)で締め切られている。
ちなみにこの写真は(住宅ではありませんが)自然素材で造った家:構造材は全て県産材、壁は内外部共に土壁/シラス壁/珪藻土と国産の唐松材を加工(+自然塗料)、石材も地元産の原石を石屋で挽いてもらい敷石とした。屋根はスレート石葺き(これだけは外国産)、建具も大半が特注の木製建具という具合に自然素材だけで造った建物。施工業者選びに苦労したことを思い出す。
…
日本の建物/住宅の将来像と問題点について、Facebook上でのある書き込みを題材にして考えてみる。
(以下の書き込み、まったくその通りであまりに的を得た内容なので思わずシェア(笑)してしまった次第です。)
「省エネ法改正の問題は、住宅建築の今後に大きく関わってきます。
このままで行くと、現場での経験や知識よりも、マニュアルが重視されることになるのでしょう。技術がなくても住宅が建てられるように、規格化・工業化がますます進むのでしょう。それで性能のよい住宅が簡単に建てられるのならよい、と考える人も多いかもしれません。技術の高い職人はこれからどんどん減っていくのでしょうし……。
でも、この方向性は、現場から「ものづくりの喜び」を奪っていくような気がしてしまうのです。もう既にそういう方向へずっと来ているわけですが……それで本当によいのだろうか。断熱材を隙間無く張ることに、職人は喜びや誇りを感じるのでしょうか、そうなのかなあ、よくわからない。」(原文のまま)
日本全国同じような基準に当てはめ、断熱材で住宅全体をすっぽり囲ってしまい外の空気を完全に遮断してまで気密性を高めてどうなる?という気もします。(といっても、それさえも満足に仕事出来ない昨今の施工状況を考えると、規格住宅ではそれが最低条件となるのだろうが…)
そもそも論を言えば、「省エネ」とは断熱材の問題だけに限らず、家の内外の風通りの良さ(通風)や採光、軒の出による遮熱、使用する素材/材料に関して、安易な発想(マニュアル化)を今一度見直して何が大切なのかを見極めた上で設計し施工すべきなんですね。本来は。
そのためには設計者にはものづくりに対する一段と高い「志」が必要ですし、施工者には理論と技術に裏付けされた「手業(てわざ)」が求められる。
その土地の気候風土にあった解決策(通風、採光、遮熱、断熱方法)を導き出して、出来るだけ自然に逆らわず かつ自然素材を中心に建物を造っていくことが本来のあるべき姿だと思う。建物や住宅の全てを(昔のように)天然素材で造るべきとまでは言わないが、あらためて今の住宅を見渡して見ると天然素材というか「手仕事」の痕跡がどのくらい残されているかも疑問なところだ。
と言ってみたものの、現在日本で建てられている住宅に関して言えば大部分が工業製品を多用する「規格化住宅」です。それなのにも関わらず、第三者監理で現場を監理/検査していると、施工上の不具合やいい加減さが目立ち、構造上でも省エネ法でもその「規格」を満足した施工になっていない現場が多いのもまた事実です。
それだけ施工者(元請けだけでなく実際に手を動かす職人さんも)の技量と言うか几帳面さというか真面目さというか、、そういう意識面のバラツキが大きいということなのです。少なくともこれは正していかなければならないだろう。
話しがあちこち飛んでしまったが、省エネ法改正についての国交省へのパブリックコメントの意見提出は、昨日(8/18)で締め切られている。
ちなみにこの写真は(住宅ではありませんが)自然素材で造った家:構造材は全て県産材、壁は内外部共に土壁/シラス壁/珪藻土と国産の唐松材を加工(+自然塗料)、石材も地元産の原石を石屋で挽いてもらい敷石とした。屋根はスレート石葺き(これだけは外国産)、建具も大半が特注の木製建具という具合に自然素材だけで造った建物。施工業者選びに苦労したことを思い出す。
…















最近のコメント