2011 NEPAL Langtang Himal trekking 01 … WanderVogel2011/09/06

Langtangランシサカルカ
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9月14日から27日まで、NEPAL ランタンヒマールとゴサインクンドをトレッキングしながら、3,000m超の高地集落を巡る旅をしてきます。


エベレスト方面ですとルクラまで小型飛行機で行くのがアプローチの前提となりますから、飛行機の欠航などを考えると日数的にもう少し余裕がないと難しいのですが、ランタン方面へのアプローチはカトマンズからローカルバスですので、それなりに時間が読めますからよほどのことが無い限り、帰りの飛行機に乗り遅れるということも無いでしょう。

それでも日数が限られていますので、どうしても強行軍にはなりそうです。
(カトマンズに着いた翌日早朝にローカルバスで10時間移動して登り始め、帰りも夜中にカトマンズに戻って来て、翌日のお昼には帰路の飛行機の中という慌ただしさです。)


ネパールのトレッキングは過去に2回(2回ともアンナプルナ・ダウラギリ方面)行っていますが、昔のことですから今の自分の筋力では、はたしてどうなることやら・・と、少し心配になりました。

そこで、今回は一人での単独山行で行程上の最高地点も標高5,000m弱ですのでそれほどハードではないと思っていますが、自分の歳と体力を考えてガイドとポーター(荷物持ち)を現地で雇って、3名での行動を予定しています。

上の写真のような雪を頂いた山間に点在する村々を訪ね歩きながらポクポクと10日間ほどかけて、標高2,500mから3,500mにある高地集落を巡ってきます。

歩く道すがら通過するネパールの村々の佇まいは建築的にもユニークで珍しく、楽しいものですし、山の街道沿いに点在するチベット仏教の象徴物を見て歩くのもたいへん興味深いものです。


ちょうど雨期から乾期に変わる頃ですので、高度3,000m付近まで登ればもう雨に降られることも無いでしょう。


一昨年のマレーシアでは食あたりで現地の病院通いをしたことが頭をよぎりますが、ネパールの山の中ではダルバートとカレーが主食ですから、お腹にも優しく大丈夫でしょう。

・・・つづく

海外の山歩き・放浪の思い出(山と土漠と建築) … WanderVogel2011/09/07

アフガニスタン カンダハル 1979
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思い起こせば、今までいろいろなところを見て歩いてきましたが、どこもけっこう今でも鮮明に記憶に残っているもので、食べたものまで何となく思い出せます。

その頃アノニマスな建築に非常に興味がありましたし、日本人の源流はいったい何処なのだろうとか、シルクロードの建築文化にも強く惹かれていましたから、どうしてもそういう地域に行って見たかったのです。


ウルムチから準開放都市になったばかりのカシュガルまで、茫漠たるタクラマカンの土漠の中をおんぼろローカルバスで丸3日間かけて行ったこともあります。

インドではカシミールの奥地、ラダック・ザンスカール地方をゴンパ(チベット寺)を尋ねながら、チベット文化の色濃く残るラダックの村々を1ヶ月以上かけて巡ったことも、パキスタンでは桃源郷のモデルと云われるフンザ・ギルギットまで行き(K2を見ることはかないませんでしたが)、特徴的な木造ヒンドゥ寺院やラカポシやナンガパルバットに感動したことも思い出されます。

ネパールでは、アンナプルナ山系をぐるっと1ヶ月間かけて歩いたこともありますし、朝日に光るカンチェンジュンガを見に数週間ダージリン・カリンポン・ガントクに滞在したこともありました。
(インドとシッキムの国境付近に位置するダージリンは、イギリスのコロニアルスタイルの建築物が多く残り、プランテーションで栽培されるダージリンティーで知られています。)

ソビエト軍(まだUSSRだった頃)が南下占領する前、1979年のアフガニスタンの砂漠をイラン側からパキスタン側まで機銃掃射で孔だらけになったバスで、2週間かけて縦断したこともありましたが、その時はすでにバーミアン遺跡もバンディ・アミール一帯も戦争状態に突入していて、見ることが出来なかったのが今でも悔やまれます。
(写真は1979年にアフガニスタンを横断した時に撮った、カンダハルのバザールのスナップ)

また、バルチスタンの土漠をクエッタからイラン南部の町ザヒダンまでバスとピックアップトラックを乗り継いで渡ったときはさすがに干涸びるかと思いました。
その後、少し足を伸ばしてペルセポリスやダリウスⅠ世の墓などを見に行ったのも忘れられません。

アフリカのサハラ砂漠はアジア・中近東と違い、砂の粒子がものすごく細かいので、砂嵐の中に入ると髪の毛の1本1本に砂がまとわりつき、口の中も鼻の中も目もジャリジャリになったことを思い出します。


「思い出」というものは、時間が経てば自分の頭の中で美化されるもので、不思議と苦しさは忘れ去られ、楽しい記憶だけでまとめられるものです。


山歩きの思い出の中で一番美しかったのは、ヨーロッパアルプスかもしれません。
アルプスの山荘や民宿に連泊し、朝な夕なにユングフラウ、メンヒ、アイガーといった美しい岩肌の山をテラスから眺め、おいしい料理と地ビール、ワインと地元のチーズ、、、1ヶ月なんてあっという間でした。


いやいや、そんな軟弱なことを思い出してはいけない。
ネパールの山歩き10日間の3食ダルバート(レンズ豆のカレー)攻めもなかなかなものです。いや、この歳になって毎日ダルバートはどうだろ?

・・・つづく

2011 NEPAL Langtang Himal trekking 02 … WanderVogel2011/09/07

THAI航空
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今回のカトマンズ往復には、機内食の美味しいタイ航空を利用します。


金額的なことだけ考えれば、もっと安価な航空券ももちろんあります。

ちなみに、安価な航空券とはチベット高原の真上を飛ぶ中国南方航空や、一昔前ならビーマンバングラディシュ航空、パキスタンエア、ロイヤルネパール航空(もう王国ではありませんけど)などの「荷物が無くなったら、クレームはどこにつければよいの!」的な航空会社。

エアーインディアも僕にとっては馴染みのある航空会社なのですが、デリー経由やコルカタ経由など「もれなくインド国内1泊付き」ではネパールに入る前にドッと疲れが出そうで、インドが目的地でなければ出来ればパスしたいキャリアです。


タイインターもフライトスケジュールの都合で、往路にはどうしてもバンコクで1泊しなければいけませんが、その煩わしさがあってもやはりタイ航空が一番です。

若い頃の放浪の旅のスタイルを引きずっている訳ではありませんが、何故かバンコク経由は安心できます。落ち着きます。
(まあ、今回はバンコクで落ち着いていてはダメで、翌日にはどうしても飛行機に乗っていないといけないのですけど…)


チケット購入は昔と大違いで、自宅からコンピューターで予約を取り、eチケットレセプトを出力すればそれで終わりなのですから、Suicaにチャージするように実に簡単なものです。

おまけにタイ航空はリコンファーム要らなくなっているのもうれしい。
さすがにランタンコーラやゴサインクンドの山中では、携帯電話も通じにくいようですから。

ネパール行きの航空券は日本からの距離だけを考えると、昔からかなり割高感があります。
今回のチケットも、成田 ~ カトマンズ 往復で(往復ともバンコク トランジット)¥125,540. でした。
そのうちの ¥35,540.が、空港使用料やら燃料サーチャージ料(高い!)やら、訳の解らんTAXの値段です。


・・・つづく

2011 NEPAL Langtang Himal trekking 03 … WanderVogel2011/09/09

ダルバート・タルカリ
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トレッキング中の宿、食事について。

ネパールトレッキングの安心・安全なところは、どこへ行ってもその日に泊まる宿には不自由しないということです。

エベレストのベースキャンプ周辺やエキスペディションクライムを除き、多くのトレッキングルートは昔のチベットとの交易路をそのまま使っているのが特徴で、交易で使われていた宿が今ではそのままトレッキング客用の民宿というか、宿泊の出来る茶屋(バッティ)になっています。

こういった交易で栄えた?(まあ、それほど栄えてはいないですが…)村々を巡るのも、ネパールでの山歩きの醍醐味・楽しさです。


そういった茶屋の宿泊費というのは、そこで食事をすれば基本的に「ただ」という感じで、一日の食事代と宿泊費合わせてもだいたい1,500円くらい、という感じです。
食事と言っても、定番のレンズ豆カレー定食「ダルバート・タルカリ」ですけど。(上の写真のようなもの)

特に倹約をしてということではなく、山の中ですからお金の使い道がまったく無いということです。
(若い頃の私の経験ではトレッキング中は、一日300円程度でしたが、さすがにその頃には戻れないでしょう。)


一日の行程の中ではいくつもの村々を通過しますので、そのたびに村の茶屋でティーを飲むことになります。

ネパールティー(極甘の水牛ミルクティー)や、チベッタンティー(ヤク乳と岩塩入りのお茶・グルグルチャ)です。
茶屋のお茶に関しては、昔も今もたぶんこの2種類だと思います。

・・・つづく

みなとみらいの象の鼻BEERと中華街 … 横浜の地ビール2011/09/10

象の鼻BEER
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横浜みなとみらいの象の鼻パーク前で「象の鼻BEER」を一杯!

ビールは2種類ありますが、地ビールというカテゴリーの中では他と比べてそれほどどうということはないが、まあ 話しの種に飲む分には…。

象の鼻パークから中華街までブラブラ歩き、昔から行っている「安記」で飲み慣れた生ビールと安記名物「モツ皿」「空芯菜のニンニク炒め」などを肴に口直し、〆に安記「お粥」を食べて幸せな気分とお腹で帰宅しました。

しかし、それにしても中華街の雰囲気は昔とずいぶん変わってしまった感じがします。
人がいない。 金曜の夜だというのに…。
地元の人もそして観光客もいなくて、品のない「食べ放題」の立て看板ばかりが目につきます。

閑散としていてどことなくよそよそしい雰囲気が充満しています。

何とかしないと、歴史と異国情緒溢れる街・みなと横浜が、核の無い安っぽい街になってしまうのでは、と 悲しくなってきました。


2011 NEPAL trekking 出発準備/荷造り … WanderVogel2011/09/13

トレッキング出発準備/荷造り
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バタバタしていましたが、出発前日にやっとトレッキング荷造り完了!

山に入っているのは、わずか10日間とはいえ頻繁に洗濯も出来ないので、衣類だけでもどうしても荷物が増えてしまいます。

カトマンズでは半袖で十分でしょうが、4,000mを超えるとさすがにセーターや羽毛製品が必要になります。
ダウンシュラフも必要ですし、まだ雨期が明けたばかりですのでスコールに降られる可能性も高く、雨具などの装備もけっこうかさばります。
(今回は鍋・釜、コンロやピッケル、ヘルメットなどは必要ありませんので、国内の山装備よりは気軽です。)

重くはないのですが、かさはどうしても大きくなってしまいます。


OSPREYのザックは大きく見えますが26リットルで、Patagoniaのダッフルバッグは小さく見えますが90リットル入ります。

ダッフルバッグは普通のアタックザックと比べて上面がガバッと開きますので、パッキングが楽で取り出しも容易です。
(その分、少し背負いづらいかもしれませんけど。)

当然、小さい方は私が背負っていくザックで、大きい方はポーターに背負ってもらう荷物です。

小さいザックには貴重品とカメラなどの機械類、防風防寒を兼ねた上着が1枚入っているだけです。


あとは健康な身体・精神と、強靭な胃袋があればそれ以上はいらない?

忘れてはいけない、出発前に知覚過敏の歯を歯医者さんでフッ素コーティングしてもらいました。

・・・つづく

2011 NEPAL Langtang Himal trekking schedule … WanderVogel2011/09/13

ゴサインクンド
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ネパール・ランタン/ゴサインクンド トレッキングスケジュール

[9月14日(水)]成田→バンコク
[9月15日(木)]バンコク→カトマンズ
[9月16日(金)]カトマンズ→シャブルベシ(ローカルバス:10h)
[9月17日(土)]シャブルベシ→ラマホテル
[9月18日(日)]ラマホテル→ランタン
[9月19日(月)]ランタン→キャンジン・ゴンパ
         ツェルゴ・リ(4,984m)往復orランシサカルカ
[9月20日(火)]キャンジン・ゴンパ→リムチェ
[9月21日(水)]リムチェ→トゥロー・シャブル
[9月22日(木)]トゥロー・シャブル→シン・ゴンパ
[9月23日(金)]シン・ゴンパ→ラウルビナヤク⇄ゴサインクンド
[9月24日(土)]ラウルビナヤク→ドゥンチェ
[9月25日(日)]ドゥンチェ→カトマンズ(ローカルバス:9h)
[9月26日(月)]カトマンズ からバンコク経由、成田 27日早朝

というのが、大まかな行程です。
すべてが「歩き」ですから、疲れたら予定変更もありますし、体調が良ければもっと奥地まで入れるかもしれませんし、その時の状況によって臨機応変に行動します。

この間は、長尾企画工房・第三者監理ドットコムはお休みになります。
したがってメールなどの返信が出来ません。
帰国しだい迅速に通常業務に戻りますので、なにとぞよろしくお願いいたします。

・・・つづく

岩稜に続く山道の先にあるものとは … WanderVogel2011/09/29

NEPAL ゴサインクンドへの山道
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14日間のネパール・ランタン/ゴサインクンド トレッキングから帰り、再び慌ただしい生活に戻りました。


9月14日に日本を出てから、9月27日の帰国までの14日間のうち、丸々10日間が山での生活でした。

20代の頃から数えるとネパールでのトレッキングはこれで3回目ですが、インドのヒマーチャル・プラデーシュやジャンム・カシミール、パキスタンのカラコルム山脈などを加えると、ヒマラヤ周辺での山の旅はけっこう長期間・広範囲に行っていることになります。


写真はちょうどゴサインクンド(ヒンドゥー教の聖地・湖で、ヴィシュヌ神が祀られています)へ向かっている途中の山道です。
山に入って8日目で、標高は4,300mを少し超えたくらいです。

10数m先もまったく視界がきかないほどの濃い霧に囲まれたかと思うと、一瞬にして雲と霧が晴れ壮大なヒマラヤの7,000m級の山々が現れたりします。

次々と登ってくる雲と霧の効果で、神秘と幻想の世界が広がります。
ここには僕とガイドとポーターの3人しかいません。


この山道の曲がり角を越えて見えてきた光景は、僕の想像をはるかに超える、息を飲むような素晴らしい世界が広がっていました。

・・・つづく

ヒマラヤの荒れた岩稜に続く一本の山道 … WanderVogel2011/09/29

NEPAL ゴサインクンドへの山道2
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振り返ると、今まで歩いてきた道が山肌にずっと続いています。


前も後ろも見えるのは荒れた岩稜に続くただ一本の山道と、濃い霧と雲だけです。

空気は平地の約60%しかない森林限界を超えた荒涼としたルートには、ただ無音の世界が広がっています。

・・・つづく

ランタンあるいはゴサインクンド・ヘランブー地域の民家 … WanderVogel2011/09/29

NEPAL民家の構造
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ランタンあるいはゴサインクンド・ヘランブー地域の山に建つ民家の構造は基本的に、その辺り一体でいくらでも取れる自然石を積んだだけの組石造です。

造り方はいたってシンプルで、何となく土の床を締め固めたら、いきなり壁となる石を積み始めます。
腰の高さまで積んだところで木で作った窓のフレームをはめ込み、その間をまた石を積んで埋めていきます。

積む石は表面が平らになるようにノミとハンマーで成形しながら、大きな隙間が出来ないように厚さ80cm程度の壁厚で積んでいきます。
石と石は接着剤(モルタルなど)の代わりになるようなものは一切使わずに、ただ愚直に黙々と積んでいきます。

この方法で2階建ての石積みの民家が出来上がります。


当然、トレッキングの旅行者もこういう民家(バッティ)に泊まることになります。

先日、ネパールで割と大きな地震があり、ちょうどその時 僕もこういった民家の中で休んでいましたが、グラッと来た時にはさすがに急いで家から飛び出ました。

いかにも横揺れに弱そうな構造の家ですので、少しの揺れ(体感では震度3程度でした)でもかなりの恐怖感があります。


揺れが落ち着くまで、平屋の食堂にネパール人(ガイドたち)、チベット人(宿の主人/家族)、日本人(私)が集まり「ビックリしたねえ〜」、などと言いながらしばらく震えていました。

・・・つづく

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