横浜山手に建つ文化財のフレスコ壁修復の現場 … ヘリテージ/文化財保全・修復2015/02/19

フレスコ壁修復現場
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先日、横浜山手に建つベーリック・ホールの修復作業をじかに見させてもらうため、全面修復のために長期閉館になっている建物内に入れていただいた。

外壁の塗り替えから各室内の塗装の塗り替えなど、いろいろな場所で修復作業が同時進行で行なわれている。
そのなかでも修復作業の難易度が一番高く、かつ 壁の仕上げでも一番特徴のあるものになっている 2階の子息の部屋に向かいます。

べーリック・ホール(旧ベリック邸)というのは、横浜の観光パンフや建築案内などでよく知られているように、イギリス人貿易商B.R.ベリック氏の邸宅として、昭和5(1930)年にアメリカ人建築家J.H.モーガンによって設計された建物です。
J.H.モーガンという建築家は、横浜山手の丘の上に、山手111番館、山手聖公会、根岸競馬場など数多くの建築を残していますが、なかでもベーリック・ホールは現存する戦前の山手外国人住宅の中では最大規模の建物になっています。

もともとここにはこれより古いベリック邸が建っていたのですが、大正12年に起きた関東大震災で完全に倒壊し、その跡にこれが建ったということです。
関東大震災では山手の外国人住宅だけでなく、横浜市内中心部の建物はあらかた全てが倒壊し、その後の火災・延焼で焼け野原になってしまったほどの、それまでに類を見ない巨大災害だったのです。

余談ですが、この大正12年(1923年)9月1日の関東大震災(相模沖が震源地)と、翌年の丹沢直下を震源とする(本震を上回る)余震によって、丹沢山塊のほぼ全域が崩れ落ち、道も村も全て呑み込まれ、禿げ山になったと言われています。


ベーリック・ホールは外観・内観ともに、建物全体のベーシックデザインが当時流行ったスパニッシュスタイルでデザインされた住宅建築です。

写真左手に見える変わったかたちの特徴ある小窓が、スパニッシュスタイルでよく取り入れられるイスラム様式(といっても、ヨーロッパでは割と古典的でポピュラーなデザインになっていますが…)のクワレットフォイル(四葉のクローバー)と呼ばれる窓です。

カッチリと固いイメージでデザインされた部屋なのですが、ひとつこうした(スパニッシュな)デザイン要素が入るだけで、堅苦しい雰囲気の部屋が一気にくだけた柔らかみのある部屋に変化して行くのが解ります。


今回見学させていただいたのは(というか、作業の邪魔をした感がなきにしもあらずですが…)、2階の子息の部屋のフレスコ壁の修復作業です。
建設当初からこの部屋だけこういった特別仕様だったのかは解りませんが、他の部屋にはない、スタッコ磨きで仕上げられています。落ち着きと深みのあるややグリーンがかったターコイズブルーのきれいな壁です。

これは磨き壁というフレスコ技法の塗り方で、石灰に顔料を入れて塗った後に、鏝で磨きさらに蜜蝋で磨くという手法で、壁全体が厚みのある艶を持ったなめらかな質感になる仕上げです。
ツルツルの手触りと色の深みが特徴です。

現場は、以前より面識のあるフレスコ作家の大野彩先生が指揮をされ、左官は三重県四日市の松木憲司さんが担当し、芸大関係者二名がサポートして作業が進められていました。
ご一緒させていただいた上石神井の「土の田村先生」がおっしゃるには、「一度、古い仕上げを全部落としてからやり直した方が、よっぽど早くてきれいなものになりそうなものだが…」ということでしたが、文化財相当のものの修復の場合、なかなか全面的に解体して 一からやり替えるというわけにはいかないようです。

もともとこの壁は12年ほど前に大野彩先生率いる「壁画LABO」が復元制作したものだそうで、今回はこの12年間で出来た傷みをきれいに磨き直すことが目的だそうで、そういう意味からも全面的な解体・修復にはならなかったようです。
このように(文化財レベルの)建物の修復現場を見せていただけるのは、僕からすると全くありがたいことで、大変勉強になりました。

一方で、もし適うのなら、一般の方でもこういう貴重な作業の裏方見学が出来るようになれば、文化財の保全やこういった伝統技法についてもっともっと興味を持ってもらえるのではないか、と思った次第です。
きれいに磨き上がった完成した壁を見ることもよいのですが、その制作過程を実際に見ることは本質を理解する上でとても大切なことなのですから。

こういうことは、言葉で説明するよりも、それこそ「百聞は一見に如かず」で、見ること、触ること、体験することが理解の一番の早道です。


作業や材料のお話を聴いてみても、実際の修復作業を見ていても、フレスコの「磨き壁の修復」というのはものすごく難しいものだなぁと、つくづく感じます。

なんにしても、この作業には「これで終わり、完成!」という終着点がないんですね。

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