明けましておめでとうございます … 本年もよろしくお願いいたします2017/01/01

MERU・メルー
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明けましておめでとうおめでとうございます。本年もよろしくお願いいたします。

今年は例年になく、深夜の初詣・参拝でスタートを切りました。
家の近くにある「雷神社・いかづちじんじゃ」は歴史が古く、10世紀初めに雨乞いの神社として建てられたのが起源と言います。
厄除けや家内安全、商売繁盛はもちろんですが、祭神が火雷命(ほのいかづちのみこと)という雷や雨を司る神様ということなので、今年の山行では雨に降られないように、雷に打たれないように、というお願いもしてきました。

雷神社の境内では、あちこちにかがり火が焚かれ、初詣の雰囲気を盛り上げくれています。正月らしいなかなか凝った演出でした。
年が明けたばかりの深夜0時過ぎというのに、拝殿へ上がる石段の下には長い行列ができていました。


今年は年末・年始に山に入れない悔しさもあって、今日「MERU・メルー」という題名の山の映画を観に行ってきました。

世界のトップクライマーたちを何度も挫折させ続けてきた「MERU中央峰」別名 シャークスフィン(サメの背びれ)とも呼ばれる岩壁の登攀を描いた、ドキュメンタリー作品です。
1時間半の短い映画ですが、厳しい岩山に挑む3人のクライマーたちの姿と美しいヒマラヤの景色を堪能することが出来ました。

僕も今年(酉年)はいよいよ還暦を迎えてしまいますが、今年も山は登ります。

ネパールトレッキングでのひとこま … Nepal Trekking・WanderVogel2017/01/02

ネパールのDELUXEバス
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ネパールのトレッキングで、山裾の村までの行き帰りに利用する公共乗合バスのお話し。

これはその中でもアッパークラス?のデラックスバスです。
フロントガラスの上にデカデカと「DELUXE」と書いてありますので、これは間違いなく「デラックスバス」なのです。

車内には大きく「Free Wi-Fi」の文字もありますが、そんなわけはなくて、ただ書いてあるだけです。そういうことに文句を言ったり、揚げ足取りをする人はネパールにはいません。

「デラックス」ですので、当然、動物は乗せません。(これは確かのようです)

前回乗ったバスは、オーディナリーな一般公共バスでしたので、屋根の上にヤギが何頭か乗っていました。臭います。クサかったです。
休憩のたびにヤギを屋根から下ろして、エサをやったり、フンをさせたりしますので、やたら時間が掛かりました。


デラックスバスは途中から乗り込まない限り、だいたい座席は確保することが出来ます。
トレッキング最終日、ドゥンチェという街道の村からカトマンズまで、この「デラックスバス」で移動しました。当然のことながら、僕以外は全員ネパール人のお客さんです。

走り始めて1時間くらいして、走行中にいきなり運転席脇のエンジン付近から車内にモクモクと白煙が上がりました。
バスに乗っていた乗客は、いっせいに前のドアから車外に避難したのですが、その動きの速いこと速いこと、、いつものんびりしている印象のあるネパールの人も、いざとなるとマッハのスピードで動けるんですね。

あっという間に全員が外に避難し、遠巻きに様子をうかがっています。(写真)
どうやらオーバーヒートのようです。ラジエーターに水を送るパイプが外れたかして、水がダダ漏れ状態になっています。
応急処置をして何度も水を補給しながら、デラックスバスは走り続けます。

ドゥンチェからカトマンズまでの山道は、5年前に走った時よりも格段に整備されていて、すばらしく快適に走ることが出来ました。
前回10時間以上かかった道のりを、今回は(昼食と休憩時間を入れても)6時間ほどで走り抜けました。

デラックスバスは「追い越し禁止」の標識などまったく眼中になく、ブラインドコーナーであろうと、狭い崖道であろうと、何台も連なるコンボイの脇であろうと関係なく、クラクションを鳴らしながら反対車線を爆走します。
(バスの乗客には、神様に祈ることしか出来ません。)

車の道が整備されたのが良かったことなのか、違う意味でさらに危険な道になってしまったのか、なんだがわからない状態の山道でした。

ネパールトレッキング・谷に架かる吊り橋 … Nepal Trekking・WanderVogel2017/01/03

nepal吊り橋
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ネパールのトレッキングで良く目にし、頻繁に渡ることになる「吊り橋」

以前(30年くらい前)は、竹と葛で出来たものがほとんどでしたが、今では鋼製ワイヤーで造られたものが多く、信頼性も上がっているように思えます。
竹の吊り橋全盛の時は本当に怖かった!!

ヤクやドンキーが渡るような吊り橋はそれでも歩くところに木の板が渡してあって少し安心出来たが、人しか渡らない吊り橋では、足元が竹1本で出来ていたので、本当に怖かった。

こういったワイヤー製の吊り橋は観光客のためと言うわけではなく、周辺に住む村人の通行の安全性を高めるために付け替えられているのですが、外国の援助によって造られるものも多くあります。
この吊り橋もドイツの資金援助で、先の地震で崩れた山道の復旧とともに整備されたものだそうです。
(脇に看板が立てられていて、ネパール語、英語、ドイツ語で詳細が書かれていました。)
もちろん日本も多くの資金援助、人的援助、物的援助をしているのでしょうが、なかなか目に見える形でのアピールが少ないようにも感じました。


エベレスト街道やアンナプルナ方面のトレッキングでは、訪れる外国人観光客も多く、麓までの交通機関も山道も、宿泊設備から食事の内容にいたるまで、他と比べるとグレードアップしていますが、それ以外のルートでは倒壊した村の建て替えなど地震の復旧ですら遅れ気味で、難儀している様子が見てとれます。宿の設備も食事の内容もかなり「質素」です。

(もっとも、エベレストやアンナプルナといった有名どころに入るトレッカーの数も、一昨年の地震以降ガタッと減っていて、元の水準に戻るのはまだまだ先なのかもしれませんが、、、)


僕のような一般人が出来る復旧の手助けとして唯一有効な手段とは、こうした山村をトレッキングすることで、少しでも現地にお金を落とすことだろうと思っています。
有名なルートではない地域を歩くことで、昔ながらの静かな山歩きを楽しむことも出来ますしね。

ネパールトレッキング・民家の機織り機 … Nepal Trekking・WanderVogel2017/01/04

nepalの機織り
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ネパールのトレッキングで、民家の庭先などで時おり目にする、糸紡ぎと機織り。

トレッキング中、小さな村を通過するような時、庭先でおばあさんがポカポカとした陽を浴びながらヤクの毛を紡いでいる姿を良く見かけます。
民家にはたいがい写真のような単純な機織り機があって、農作業の合間などを使って機織りをしています。

写真の布は、チベット民族独特の配色で織られています。
この配色はチベット(ラサ)でも、ダージリンやシッキム、ダラムサラ、ラダック・ザンスカールといったチベット人の多く住む地域(はるか昔にチベットから移って来た地域や近年になって避難・亡命して来た人たちが住む地域、リフジーキャンプ refugee camp、チベット暫定政府のある地域、などなど)では定番のものです。
以前、これらの土地を旅した時、良く目にしました。

ただ、ちょっと残念なのは、化学染料で染められているのか発色がやけに鮮やか過ぎて、いまいち違和感を感じてしまう。

それに僕の家には以前買ったこういった布がたくさんあって、今回は買わなかったのです。
でもお金を落とすためにも買っておくのも良かったのかなぁ、、などと、帰国後ちょっと後悔しています。

カトマンズ市内にはたくさんのお土産屋さんが軒を連ねていますが、そういったところで買うつもりはまったく無かったが、トレッキング先の小さな村で買うのはそれはそれで良かったのかと。

惜しむらくは、素材を含めて(伝統を重んじるのはすごく理解できるのですが)デザイン的にも もう少しどうにかしてくれれば、、、なぁ。
もちろん、嫌いではないのですが、、、ちょっと残念な気がします。

ネパールトレッキング・麦刈りをする娘たち … Nepal Trekking・WanderVogel2017/01/05

nepal 麦の刈取り
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昨年12月初旬のネパールトレッキング、標高2,500mあたりの村では麦刈りの真っ最中でした。

ここはタマン族の多く住む村で、若い娘からおばあさんまで 村の女手が総出で麦刈りに精を出していました。
岩の多い、高低差の大きい狭い段々畑で麦は育てられています。

みんなで楽しそうに唄を唄いながら、鎌で麦の穂を刈り取っています。
少し離れたところで僕が写真を撮っていると、若い娘たちがはずかしそうにこちらを指さしながら笑っています。
僕も照れ笑いしながら手を振り返します。

ネパールトレッキングならではの、ほのぼのとした光景です。

写真には、谷を挟んだ向い側に同じような段々畑が写っていますが、急な山肌を削り、石を積み高低差の激しい段々畑を幾重にも造っています。

一口に麦刈りと言っても、このように大変な思いをして造られた耕作地での作業ですので、とても大変な作業だと思うのですが、見ていると唄なんぞ唄いながら楽しそうに収穫作業をしているのがなんとも幸せそうで微笑ましい。

今年はじめての畑仕事・偵察とほんの少しの収穫 … 自然の恵み・WanderVogel2017/01/06

畑脇の紅梅
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今年はじめての畑の偵察です。
畑の脇には日本水仙と白梅と紅梅(写真)が咲いていました。

この時期、作業的にはあまりすることもないのだが、どうなっているかなぁと、偵察がてら日が暮れる前にちょこっと様子を見に行ってきた。
グリンピースには、そろそろネットを立てないといけないかなぁ。
だいぶ後から種を蒔いたダイコンは、まだ間引きも出来ないほど育ちが遅いが、先に植えた方は、大きく育っているので鍋用に1本収穫、ついでに長ネギと唐辛子も収穫して帰ろう。


家に帰ってからは、ダイコンをとりあえず(首から下の根に当る部分)大きめに切って、米の磨ぎ汁で下茹でして冷蔵庫に保存しておこう。そうしておけば何に使うにせよ、味が染み込みやすくて使い勝手が良い。
首に近い部分(茎に当る部分?)は生で食べた方が美味しいので大根おろしに使います。
冬の間のダイコンの消費量は畑をやり出してから格段に上がっていて、冬の僕の身体の半分はダイコンで出来ているのではないかと思うほど。
もちろん葉っぱも良く使います。鍋料理に入れると結構美味しい。


ここ10年ほどは、僕は外食をすることが(何か特別なことがない限り)ほとんど無い。
酒も同じで、酒は好きなのだが外で飲むことはほとんどなくなって、出来るだけ家で作って食べる・飲むように心掛けている。
建築の検査や打合せなどで外に出ることも多いのだが、その際も出来ることならばそうしたいと考えながら工夫し生活をしている。

良い言い方をすれば「清貧」、口の悪い言い方をすると「あまのじゃく」ということになろうが、いつのころからか外で飲んだり食べたりするよりも、自ら作って食べる方が美味しいことに気が付いた。

畑で作る野菜以外でも春になると新芽や山菜、秋には果実やキノコ、と自然にはたくさんの恵みがあるものだ。
丹沢の山に分け入ると、いや 近隣の公園をちょっと探してみるだけでも、けっこういろんな種類の山菜やキノコを見つけることが出来る。

今年は先日のトレッキングの最中に嫌というほど食べたダルバートの付け合せのサーグを見習って、イラクサのお浸しでも作ってみようかな。
でも、日本の山に普通に生えているイラクサは、食用になるセイヨウイラクサやミヤマイラクサと種や属が違うので、食べられない(美味しくない)のかもしれんなぁ。
食べて確かめてみるか、、、最悪でも死にはしないだろう。

FBで見つけた80'年代風のMOTO GUZZI Cafe Racer … Bike・Cafe Racers2017/01/07

MOTO GUZZI Cafe Racer
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今日(1/7)相模川中流域の河原で冬の野鳥観察会が行われ、一日参加してきました。と、その話しはまた後日するとして。
FBでシェアしているBike関係の写真の中で、なかなか良い雰囲気に仕上っているバイクを見つけたので、その話しを先にしてみよう。
(写真は、FBの「Return of the Cafe Racers」より転載)

ベースは現行モデルのMoto Guzzi V7 Ⅱ Stone なのですが、セパレートハンドルとヨーロピアンカウル、外付けのフォグランプ調のヘッドライト、バックステップ、シングルシートなどで、80'年代風のステキなカフェレーサーに仕上がっています。

車体のフレーム形状(ダブルクレードルフレーム)や正立フォークとフォークブーツの組み合わせなど、もともとがオーソドックスでコンパクトなスタイリングのバイクなので、手を加えやすかったのでしょうね。

リアフェンダーをいさぎよく取っ払い、タンクを背の低いものに取替え、エキゾーストパイプの取り回しをクラシックなスタイルに変えてマフラーの取付け位置を持ち上げることでリア周りに軽快感を与えています。結果、とてもきれいなフォルムに仕上がっています。
モデルになっているライダーのライディングポジションもちょうど良い感じに収まっています。


こういうきれいに仕上がったカスタムバイクを見ると、僕のもちょっと手を加えたくなってしまうなぁ。

このところ山に行く機会ばかりが増えて、めっきりバイクツーリングに出掛けることがなくなってしまっているので、ちょいと目先を変えてみるのも良いのかなと、、、思ったりして、、、なんてね

冬の野鳥観察でもやっぱり気になる足元の草 … 自然観察・森林インストラクター2017/01/08

相模川河原のカワラハハコ
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昨日(1/7・土)参加した、かながわ森林インストラクターの会 自然観察部会主催の「冬の野鳥観察会」。
場所は、相模川中流域の神澤河原と呼ばれるエリアで行なわれました。

目的はもちろん野鳥の観察・バードウォッチングなのですが、引率・解説をしてくださった市博物館の学芸員の方のお話しによると、ここには希少種のカワラノギクの生育地があるということで、そちらの話しも(かなりマニアックな内容ではありましたが)なかなか興味深いものでした。
カワラノギク(キク科シオン属)は、環境省レッドデータブックの絶滅危惧種に指定されていて、世界でも日本の関東地方にしか見られない植物なのだそうです。相模川、多摩川、鬼怒川の三河川の一部でしか確認出来ていないめずらしい種ということです。

一級河川の中流域らしい丸い石の積み重なった河原には、ドライフラワー化したカワラノギク(キク科)とカワラハハコ(キク科ヤマハハコ属・写真)が群生しています。

カワラハハコはヤマハハコの亜種だと言います。ヤマハハコは本州では低山から2,000mを越える山の山頂付近でも良く見られる草本です。
先日歩いたネパールヒマラヤの山の標高3,000mを越える風雪厳しい尾根・稜線上でも、日本と同じようなヤマハハコ(アナファリス・トリプリネルピス)の群生が見られました。
環境の変化に対する適応力が優れているのでしょうね。
どんな厳しい気象条件、自然環境の中でも根を張り花を咲かせ、勢力範囲を広げていく術を身に付けているのだろうと思います。

カワラハハコは(カワラノギクも同様ですが)土壌の薄い、丸い石の積み重なった河原の環境の中で何とか根を張る場所を見つけ、数年に一度訪れるであろう河川の氾濫の力を利用して生き残っているようです。

ただし、上流にある相模湖ダムの放水コントロールによって、河原全体に及ぶような広範囲の河川の氾濫がない状況の中では、河原の乾燥化が進んでいるところもあるようです。そのようなところでは、カワラノギクやカワラハハコに替わって、乾燥に強い外来種のシダレスズメガヤやアメリカカルカヤなどのイネ科の植物が勢力を伸ばしています。
私たちの目に見えないところで、植物同士の生き残りをかけたせめぎ合いが繰り広げられていました。
シダレスズメガヤは英名weeping lovegrassと言われ、道路法面の崩落防止・緑化土留めのために使われてきた外来種。(weepingとはしなだれる、と言う意味で、love grassとは、イネ科 スズメガヤ属 Eragrostis の草の総称を言うので、日本語名はほぼ直訳です)

道路法面の崩落斜面や土留めのために切り崩した地面を、コンクリートですっかり塗り固めるのも景観上どうかと思うのですが、根張りの良い外来種を使って一見見栄えよく緑化すると言うのも考えものです。
かれら外来種は植物でも動物でもそうですが、異常に繁殖力・抵抗力・環境適応力が強いので、日本の固有種などはなかなか太刀打ち出来ないのですよ。
今、日本列島のあちこちで外来生物(植物)による交配・混雑・異常繁殖といった諸問題を引き起こしている「厄介者」です。


昨日は「野鳥観察」が主目的でしたので、昨日見られた野鳥を順不同でいちおう列挙してみます。(僕が確認出来たものは半分くらいでしたけど、、、)
キジ、ヒドリガモ、マガモ、カルガモ、コガモ、カイツブリ、キジバト、カワウ、アオサギ、ダイサギ、オオバン、イカルチドリ、トビ、オオタカ、ノスリ、カワセミ、コゲラ、アオゲラ、モズ、ハシボソガラス、ヤマガラ、シジュウカラ、ヒヨドリ、ウグイス、エナガ、メジロ、ムクドリ、シロハラ、ツグミ、ジョウビタキ、スズメ、ハクセキレイ、セグロセキレイ、カワラヒワ、シメ、ホオジロ、カシラダカ、アオジ、カワラバト、ガビチョウ、ナベヅル、コブハクチョウ

相模川の河原に広がるキササゲの奇妙な群落 … 自然観察・森林インストラクター2017/01/09

相模川の河原のキササゲ
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相模川中流域の神澤河原に広がるキササゲの奇妙な群落。

周りには、キササゲと並んで同じく外来種のハリエンジュ(ニセアカシア)も群落を作っていました。
キササゲ(ノウゼンカズラ科キササゲ属)は、中国原産の高木、ハリエンジュ(マメ科ハリエンジュ属)は、北米原産の高木。

ハリエンジュも昨日書いたように、法面保護や緑化対策のために崩落斜面や道路斜面に盛んに植えられたが、今では厄介者。
いっぽうキササゲは外来種とは言え、古くから野生化し育てられている落葉高木で、漢方薬や生薬として利用されてきた有用植物。

冬の時期、すっかり葉を落とし枯れ枝のような姿の枝先から、いくつもぶら下がっているのはキササゲのサヤ(種子)。
サヤ(種子)はマメ科のような形状をしているが、中には「豆」ではなく毛の生えた扁平な「種子」がたくさん詰まっている。
長さが40cm以上にもなる長いサヤは乾燥すると半分に割れ、中からいっせいに種子が飛び出して、川風に乗って遠くに運ばれていく。

サヤの形状は、ぜんぜん種類は違うのだが、テイカカズラのサヤ(種子)に似ている。

こんなに群生している姿を今まで見ることがなかったので、とても奇妙で不思議な光景でした。

遅ればせながら、南魚沼/塩沢コシヒカリ … お米・農家の恵み2017/01/10

しおざわコシヒカリ
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昨年末に新潟県南魚沼に行く時間を作れず、年明けになってしまいましたが、塩沢コシヒカリ30kg(半俵)買うことが出来た。

この3連休で塩沢にスキーに出かけていた友人から、懇意にしている民宿・農家でちょうどお米を精米したところなので、買って帰ろうか?と連絡を受けた。「渡りに船」とばかりに、持って帰って来てもらい、昨日受取りにいってきた。
重さ30kgはさすがに手で運ぶには重過ぎるので、車で受け取りにいくことになったのだが、それでも大変ありがたい。

湯沢町から南魚沼市(旧塩沢町、六日町市 他)の国道17号沿いには道の駅やJAが多数あり、わりとどこででも気軽に「南魚沼産コシヒカリ」を買うことが出来るのだが、(関東で買うよりもずっと信頼性は高いのだろうが)本当のところ、どこで採れたものなのかはっきりしない感じもします。やはり知り合いの民宿・農家から直接分けてもらう方が信頼性が高い。(と、思うのは僕だけかもしれんが)


江戸時代の人のように、一人で一日五合も食べる!なんてことはないのだが、それでもご飯好きとしてはけっこうお米にはこだわりもあるし、たくさん食べます。
たくさんといっても、一日二食・昼と夜で二合半なので、江戸時代のちょうど半分ということになるか。

お米一合は150g(180cc)なので、二合半では375g。30kg/0.375kg/日=80日ということになり、30kg(20升=2斗)のお米を一人で食べるとすると2ヶ月半から3ヶ月しかもたないことになる。そう考えてみると、毎日お米を食べると仮定すると(実際に、ほぼ毎日食べているのだが)、僕は1年で130kg以上のお米を食べることになる。
お米だけで、年間約90升(9斗=米俵2俵ちょっと)食べるということか!

調べてみると、今は(条件の良い)田んぼ一反歩(300坪)で、米俵10俵(60kg×10=600kg)の米が収穫出来るのだそうです。
とすると、僕には60坪以上の田んぼが必要、ということになる。

農水省の統計によれば、1960年ころに120kg弱あった一人あたりのお米の年間消費量が年を追うごとに下がり続け、ほぼ半世紀後の2015年には半分以下の54.6kgにまで減少したとあります。今後もまだ下がり続けるのかもしれません。
幕末から大東亜戦争に破れるころまでの日本人の食生活は基本的にはあまり大きくは変わってはいないと思うので、やはり戦後から今に至るまでの社会変化が極端すぎるのだろう。


ちなみに、昔は今よりも耕作面積あたりの米の収穫量はずっと少なくて、一反の田んぼから米一石=10斗(=米俵 2.5俵)の収穫が基準だったようです。また、それが「ひと一人が1年間に消費する米の量」として考えていたといいます。
実際には気候風土や陽当たり条件で、一反あたりの収穫高は1.5石~2.5石まで幅があったようですが、、一石で一人前だとすれば、一日五合のご飯はちょっと食べ過ぎの印象を持ちますが、実際はどうなのだろう。

山作業など過酷な作業をする職種では、一日一人米五合の計算で山での切り出し等の作業をしていた、という記録も残っていますので、就いている職種によってご飯(米)を食べる量(エネルギー摂取量)に違いがあるのでしょう。
明治から昭和の始めにかけての帝国陸軍の食事規定では、主食として1日1人六合の麦飯(白米に麦を混ぜたご飯)が基本で、副食として朝食は汁物と漬物、昼食・夕食には肉や魚を含んだ少量のおかず一品が付く、とされていた。
白米ではなくわざわざ麦飯としているのは「脚気・かっけ」対策だと言います。カロリーだけに関して言えば、玄米でも白米でもほぼ同じ。
ご飯(米)が当時の日本人の主要なエネルギー源であったことを考えると、このくらいのご飯の量は当然と言えば当然のことです。

などと、いろいろ調べてみると、お米(ご飯)の量とおかずの質素さでは、(さして肉体労働をしていない)僕は幕末から昭和初期のころの人に負けていないなぁ(笑)いや、それどころか、そのころの人よりもずっと質素な生活だったりして、、、宮沢賢治も真っ青だな。


お米本来の味をどうこう言うのであれば、玄米で購入・貯蓄し、炊く直前に精米して、、というのが一番良いのだろうが、残念ながらまだそこまでには至っていない。
でも、そのうちそうしようかな、という思いはあるので、時期を見て性能の良い精米機を買おうかな。

以前は、普通にこの近くにも「お米屋さん」があって、精米だけでもしてくれたのですが、残念ながら一昨年店を畳んでしまいました。
田舎の道路沿いによくあるような自動精米機もこの近くでは見かけないので、精米をしようとすると自分で精米機を買うしかないのだろうな。


スーパーマーケットの総菜など、お店で出来合いのもの買ってきて食べることを普段からあまりしていないので、自分で作る料理のレパートリーを努力して増やしていかない限り、だんだん僕の食生活がネパールのダルバート・タルカリに近い、「一汁一菜」スタイルに集約していくような気がする。
今の日本では、まるで修行僧のような暮らしぶりだ。

ダルバート・タルカリについて:http://hd2s-ngo.asablo.jp/blog/2016/12/06/

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